1. “長谷川   私はニーマイヤーに、そのことについて質問したんです。すると彼は、女性の身体の曲線からも多くのインスピレーションを受け、それを建築家としての幾何学に合わせてトランスフォームしているという話をしてくれました。彼のドローイングを見てみると、マティスのドローイングのような、自在な、のびのびとした印象を受けます。私は、彼が女性の身体の線からインスパイアされて、人間の普遍的な、優雅で大胆な曲線を建築として実現しているというプロセスに感銘を受けたのです。

    パヘス  とても興味深いです。私がニーマイヤーから聞いたエピソードでは、こういう話がありました。彼が小さいころによくある動作をしていて、母親から「あなた、何をやっているの?」と聞かれ、「絵を描いているんだよ」と答えていたそうです。私はそれを聞いて、すごく感動しました。なぜなら、私も子どものころ同じように母親から「あなた、何をやっているの?」といつも聞かれていたからです。もちろん私は「踊っているのよ」と答えていました。さまざまな芸術の形態があって、私の場合は舞踊ということですが、ニーマイヤーのお話や作品のプロセスをうかがって、芸術には根本的に共通点があるように感じました。”

    【対談】長谷川祐子×マリア・パヘス 2012年12月に逝去した、世界的な建築家オスカー・ニーマイヤー。 ニーマイヤーへのインタビュー経験があり、彼のファンでもある長谷川祐子と、彼をモチーフにした現代フラメンコ作品「UTOPÍA」を創り上げた舞踊家マリア・パヘスが、ニーマイヤー作品の魅力とその背景について語る。

     

  2.  

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  4. “当時の音楽シーンは、格好だけロックっぽくて中身は歌謡曲だったグループ・サウンズが流行った後、クラプトンやストーンズの即興フレーズを本人達よりも正確に弾くようなコピーバンドが主流でした。

    そうした風潮に反発して結成したのが、“はっぴいえんど”です。
    それまでの歌謡曲やフォークは、恋や青春などのキーワードを並べただけのラブソングが多くて、僕にとっては絵空事だったんです。
    はっぴいえんどでは、安直なラブソングではなく、身近にある風景や出来事を愛おしく想う気持ちを表現することを心がけました。だから、「夏なんです」や「風をあつめて」は僕にとっての“ラブソング”です。「夏なんです」は、地面との距離が近くて、空は高くて広いという少年の目線で夏休みや入道雲への愛情を素直に表現できたんじゃないかな。

    歌詞作りは、曖昧で複雑な人間の感情の中から余計なものを削いで「上澄み」をすくい取る仕事だと思っています。はっぴいえんどでは、“ことば”や“うた”を通して、生や死など人間の本質に関わる問題について答えを出そうと作詞に取り組んでいました。

    はっぴいえんど時代は、売れることは考えないで自分達の信じる音楽の質を追求すれば良かったけど、ビートルズと比較した時に圧倒的に違ったのが、「量」(売上枚数)でした。その時の反省をこめて、作詞家になってからは「質」と「量」の両方を追求することを心がけました。
    音楽業界の中には「量のためには質を落とせばよい」というような暗黙の了解がありましたが、僕はそうした風潮に一貫して闘いを挑んできました。安易な粗製濫造コピーで下品な作品を残したくなかったから。松田聖子をはじめ斉藤由貴、薬師丸ひろ子など多くの歌手の作品を手がけましたが、誰かを真似したような「亜流」を作らないことが、自分のプライドでした。僕の詞を歌うことでそれぞれの歌手が全く違った個性の生命体として輝けるとしたら、とても嬉しいことです。

    今までに2000作品以上を作ってきて感じるのは、コツコツと作品を積み重ねていく姿勢がとても大事だということ。人間っていきなり大きな岩を置くことはできないけど、小さな石を丹念に積んでいけば、後世に残るようなピラミッドや古墳を作れるかもしれないんです。”

    「作家で聴く音楽」 第十回 松本隆

     


  5. マニエリスムというのは西洋美術史の文脈ではルネサンスとバロックの間に位置する歴史的カテゴリーである。しかし、一定のマニエラ(手法・手つき)の反復と洗練を主軸とする様式を広義のマニエリスムと定義するなら、京狩野――とくに山雪のうちに日本美術史におけるマニエリスムの典型を見てもいいのではないか。

    山雪の子の永納(1631-97)は狩野派にいたる日本画の歴史を『本朝画史』にまとめたが、そこで彼が永徳の「大画」様式を「恠恠(怪怪)奇奇」と呼んでいることはよく知られている。徳川時代になって、そういう破天荒なダイナミズムは失われ、江戸の狩野派の安定した様式(こちらは、最悪の場合、マニエリスムならぬマンネリズムに堕す)が支配的になるかに見えた(という通説は疑わしいのだが、それについてはひとまず措く)。しかし、それがすべてではない。京都に残った狩野派は、山楽から山雪への過程で、永徳のマニエラを徹底的に洗練する―そのダイナミズムを凍結するような仕方で。そこに生まれたマニエリスティックな表現は、それ自体「怪怪奇奇」と呼ぶにふさわしく、現に蕭白のような「奇想の系譜」へと直結していくのである(ついでに言えば、村上隆の「カイカイキキ」な「大画」も、そのスーパーフラットな洗練において、永徳よりは山雪の方に近いのではないか)。そういう特異な転換点をつぶさに観察することのできる、これはきわめて興味深い展覧会だった。

    最後に一歩引いた視点から一般的なことを言うなら、私はマニエリスムを――またとくに京狩野のマニエリスムを、特権的に評価するものではない。むしろ、そこに自閉ゆえの屈折を見る常識を否定するのは難しいと思う。しかし、繰り返すが、出口なしの空間で徹底して突き詰められていった空しいマニエラの戯れが、不毛な、しかし、この上なく華麗な美の世界を生み出したことは、誰も否定できないだろう。その凍てついた美の絶壁の前にしばし立ち尽くすことは、耽美主義者でなくとも、いや、そうでない人にこそ、重要な経験となるはずだ。”

    狩野山雪のマニエリスム

     


  6. “人類の歴史上初めて発信者というものが曖昧になってメディアができているというのが、今の時代になっています。”

    「ここ数年のインターネットコンテンツの変遷」をnanapi社長がさらっと解説

     


  7. “翻訳への興味といったところで、中学の夏休みの英語の宿題で絵本を一冊訳し、先生にすごく褒められたという唯一の褒められ体験と、大学の卒論に選んだリチャード ・ブローティガンの、藤本和子さんの訳に感動したくらい。藤本さんの訳は日本語がすばらしくて、原文以上に美しいんじゃないかと思えるほどで、「翻訳ってすごいも のなんだな」と初めて思いましたが、普通に就職して、そんなこともすっかり忘れていました。  

    週1回、仕事帰りに翻訳スクールに通い始めましたが、私にとって翻訳の勉強は、 習い事というよりも「部活」のようなもの。朝から晩まで会社にいても失敗続きでプ ライドが保てないので(笑)、なんでもいいから会社以外の居場所が欲しかったんです。勉強の全然できない生徒が教室にいても居場所がなく、放課後のクラブ活動で救われるような、そんな感じでした。”

    『OLが翻訳家になったワケ』

     


  8. ” »17 
    お前のペンが1000円だとするだろ?

    それを俺が貸してくれといってお前が貸すとする。
    ↓ 
    それが市場で1000円の価値で俺がそれを売ったら俺の手元に1000円が残るよな? 
    借りた物は返さないといけない。
    しかし俺はそのペンが壊れ易いという欠点を見抜いていたとする。 
    その後その欠陥に気づいた人が市場にペンを売り出す。
    しかし他の人も気づいてペンを売り出す。
    やがてネットの至る所に欠陥の書き込みが増え炎上しペンは売れなくなっていく。
    ↓ 
    するとペンの値段を900円にし誰よりも優先して売りたい人が現れる、それで焦ったりすぐ売りたいといった人が値を更に下げ880円・・・700円・・・ 
    値がどんどん下がる「売れないガタクタが残るかも知れない!」「このままじゃまずい!売りたい!」恐怖に吊られ値は更に下がる、そしてとうとう値が100円になる。 

    俺は最初に売り払った値段の1000の中から100円を払い市場のペンを「買い戻す」そしてそれをお前に返す。 

    すると手元に900円の利益が残る、お金が増えたよやったねたえちゃん! 

    これが「空売り」だよ。
    ・・・
    今度は逆だ、また»17が妙なボタンを押したら音が鳴る限定販売の1000円のペンを買った、それを俺はまた借りる 。

    しかし俺はそのペンが100分の1の確率で妙な声になるのを見抜いていた、明らかな欠点だ。 
    俺はすぐさまペンを市場に売り出して1000円を手に入れる、そしてネットを駆使してその欠陥品の情報まで流し今度は炎上を早めてやる。 

    しかし俺の予想とは逆にそのペンは大ヒット、100回に一度妙な泣き声に音が変わるとネットで人気になり売れに売れる。
    値はどんどん上がる1000円、1200円、2500円。 
    するとみんなが買いたいからすぐ売れる、限定販売だから数が少ない、そうなると「こんなに人気なら値段を上げてもいいんじゃないか?」と思った人達が更に値を上げる。 
    それでも買いたい人は買っていく、オークションと同じだ。 

    借りた物は返さないといけない、結局俺は最新作のゲームと一緒に1000円で売り払ったペンを何とか3600円で売り払い友人に青い顔で返した 

    前の利益と今回の損益を合わせると 

    +900円-2600=-1700円 

    -1700円の損失 

    これが空売りのリスク “
     

  9. 日めくりカレンダーの一枚一枚が茶葉でできているという斬新な紅茶カレンダー。

    はがしてお湯に入れるだけでその日の味が楽しめるというコンセプト。

    ティーバッグではなく茶葉のみでできていて、ゴミがでないのも良いですね。

    作っているのはドイツの紅茶ブランドのHälssen & Lyon。

    毎朝めくるのが楽しみになりそうですね。 これは面白い!

    素敵なコンセプト!毎日新しい味を楽しむ日めくり紅茶カレンダー – Tea Calendar

     

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  11. 5.ラポールトーク

    デボラ・タネンという言語学者は、人間の話にはレポートトークとラポートトークの2種類があると説いたそうです。客観的知識を伝えるのがレポートトーク、心情や感覚など抽象的な話をするのがラポールトーク。営業マンはどうしてもレポートトークに偏りがちのため、見込み客と親密度を増すために適度にラポールトークを織り交ぜているとのこと。

     

    ラポート・トークは情緒的な内容で、自分の主観や気持ちを伝え、相手とのつながりを深めたり関係を構築したりしようとするトークです。(ラポートとはフランス語のラポールと同じで、調和とか信頼関係、心に橋のかかった状態のこと。)

    出典「ラポートトーク」の出来る営業マンを目指そう。 :: INSIGHT NOW!

     


    相手を理解してあげることで、強い信頼を得る。また相手を理解できているのだから、先回りして欲求を満たしてやることもできる。そうやって、爪先から頭の上まで、どっぷりと甘やかしてやる。

    出典ラポール


    基本、人間は自分と「同じ」と感じた相手に信頼感を感じやすく、「違う」と感じた相手には感じにくいものですよね。逆に、意識的に相手に「同じ」だと感じさせることで、信頼関係を築くのがラポールテクニックと呼ばれるものです。

     


  12. “──達郎さんの音楽が若いリスナーに聴かれ続けている理由のひとつには、やっぱりCMソングであったりドラマ主題歌だったりという、タイアップ曲を数多く手がけているから、ということがあると思うんです。今回のアルバムもタイアップ曲がたくさん収録されていますよね。

    僕の音楽人生は基本的には“座付き作家”なんですよ。ミュージシャンの特質、それに見合う楽曲、そういった考え方です。エゴを貫きたいという芸術家肌じゃないし、もともと自分の中で無から有を生みたいとかそういうスタートでもなかった。レコードプロデューサーが最終目標だったので、そういう視点が常にあって。あと、タイアップの是非はありますけど、僕みたいなテレビに出ない、映像も出さないような人間が世の中に作品を発表して、それをプロモートするためにはタイアップは必須なんです。

    ──そのせいで作りたいものが作れない、といったジレンマを感じることはありませんか?

    芸術家志向ね(笑)。そういうジレンマが生じるような仕事は受けません(笑)。ドラマでも映画でもCMでも、せっかくのご縁で一緒に作るんだったら、その作品にきちっとハマる音楽を作りたいっていう気持ちのほうが強いですね。コマーシャルミュージックというのはそういうものなので。向こうだって真面目に作ってる。だからこっちもきちんと真面目に応えて、叶うならばその中で自分のアイデンティティを出していきたい。まあ、それが座付きってことですよね。自分のエゴを貫徹できるミュージシャンがそんなに偉いのかとも思えるし。僕は36年間評論家とそういうことを怒鳴り合いながらやってきたので(笑)。

    ──なるほど。

    タイアップがあればこそ、僕はここまで生き残れたんですよ。そのおかげで今の時代にこのアルバムが出せてるわけだし、それは自分にとっちゃ感謝すべきことで。こんなの夢にも思わなかった。それに、極端なことを申し上げれば、音楽はタイアップをやったCMやドラマとは別の残り方をしますから。”

    山下達郎 6年ぶオリジナルアルバム「Ray Of Hope」堂々完成/ ナタリー

     


  13. “自分でこの49曲を並べてみて痛感したんですけど、いかなる時代でもね、僕の曲はいわゆるトレンドとは全く無縁なんですよ。時代の流行りとかそういうものを意識して作ったことがほとんどないので。

    ・・・

    いい詞や曲もありますけど、一番重要なのは編曲なんです。どんなにいい曲でもアレンジが迎合的だと歴史の試練に耐えられない。アレンジがその曲の耐用年数を決めるんです。

    ・・・

    ──ちなみに達郎さんは、ご自身のラジオ番組でかける曲も全部自分でリマスタリングをされると聞いたんですが。

    ええ、してます。僕がラジオでかけるのは50年代60年代の古い音源が多いんで、あれを前後の番組でかかる新譜と比べられたらもう全然かなわないから。

    ──じゃあラジオ用のリマスタリングは、達郎さんの音の好みを反映させるという意図ではなく……。

    うん、なんでそういうこと始めたかっていうと、ラジオのレギュラー番組を始めたときが前の番組がキムタクで後番組がドリカムだったんです。だから古い音楽を現代のレベル競争の中で作られた音楽と拮抗させなきゃならなくて。それでラジオの出力に見合うように自分でリマスタリングを始めたんですよ。

    ・・・

    僕、リレコ(再録音)には全く興味ないです。だってそのときのトラックがその曲だから。クラシックは同じ曲でも演奏者によって違うものになるでしょ? あれの逆です。ポピュラーミュージックの場合、曲というのは詞とメロディだけじゃなくて、編曲、演奏、歌、ミックスからマスタリングまで全部含めて曲なんです。「DOWN TOWN」は1974年にレコーディングされたあのトラックが「DOWN TOWN」であって、再録したものが元のトラックを上回ることなんてできっこないんですよ。それだったら新しい曲を書いたほうがいい(笑)。

    ・・・

    ライブはその瞬間の、観客とのリアルタイムで一度きりの共有体験だけど、レコードは反復鑑賞に耐えなきゃいけない。そこが違うんです。レコードはレコードの中の独自のイデアを追求してきた60年代からの長い歴史があって、現実には存在しないバーチャルな音世界を作れたためにこれだけの発展を重ねてきたわけです。だから「サージェント・ペパーズ(・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド)」は実演できない。

    もちろん昔はそうじゃなかったんですよ。スウィングジャズの時代のレコードっていうのは、単に実演を録音しただけのものだった。それが録音技術が発達するにつれて、いろんな試みが生まれて、その行き先が「サージェント・ペパーズ」だったり「ペット・サウンズ」だったりするんだけど。”

    山下達郎 全音楽ファンに贈る、究極のオールタイムベスト / ナタリー

     


  14. “「ギリシャ人は、貨幣を毎日使うことで、混沌(こんとん)とした現実を超越した普遍的な秩序が存在しうることを最初に見いだした。哲学や科学の起源につながる。また、貨幣を持てば人間は共同体的束縛から自由になる。自立した個人を前提とする民主主義を可能にする一方、個人の欲望と共同体の倫理を対立させる悲劇や喜劇を生み出した」

    ・・・

    「お金は『他の人が価値があると信じるはず』という期待のみを根拠とした不安定なものです。他の人が受け取ってくれないとみんなが思えば、その瞬間に貨幣は貨幣でなくなる。ハイパーインフレの歴史が示すように、国家が権威づけしても、お金はただの紙になりえます」

    ・・・

    「資本主義とは、お金があるがアイデアはない人が、アイデアはあるがお金がない人にお金を貸すことによって、アイデアを現実化していくシステムです。デフレの時は、お金を持っているだけで得する。人々はお金それ自体に投機し、貸し渋りが起こった。インフレの期待は、人々をお金それ自体への投機から、アイデアに対する投機、さらにはモノに対する投資に向かわせるのです」

    ・・・

    「そういう意味で『期待』によって、お金がお金になるだけではなく、経済そのものに大きな影響を与える。経済政策を巡って『期待だけで実体が伴っていない』と言われますが、貨幣を伴う経済にとって、期待とは本質そのものとすら言えます」”

    期待が根拠、それがお金 経済学者の岩井・東大名誉教授

     

  15. Echo and The Bunnymen, 16 novembre 1987, Frankfurt, Batschkapp